第10話 はじめて不動産会社へ
問い合わせを送った翌日、不動産会社から連絡が入った。
スマートフォンの画面に表示された、見慣れない電話番号。
一瞬、出るのをためらった。
けれど、この電話を待っていたのは私だった。
「お問い合わせいただいた土地の件で、ご連絡しました」
落ち着いた声の担当者だった。
物件は、まだ売れていないという。
その言葉を聞いた瞬間、ほっとした。
しかし同時に、胸の奥が少しだけ重くなった。
まだ売れていない。
つまり、これから本当に検討することができる。
それは安心であると同時に、もう夢のままではいられないということでもあった。
担当者と簡単なやり取りをしたあと、私は不動産会社を訪れることになった。
日時を決め、電話を切った。
画面には、通話時間が表示されていた。
ほんの数分の会話だった。
それでも、問い合わせボタンを押したときより、さらに一歩進んだように感じた。
約束の日。
私は少し早めに不動産会社へ向かった。
店の扉を開けると、電話で話した担当者が立ち上がった。
「お待ちしておりました」
そう言って差し出された一枚の名刺を、両手で受け取った。
名刺には、会社名と担当者の名前が印刷されていた。
不動産会社を訪れること自体は、初めてではない。
以前、家を建てたときにも土地を探し、不動産会社と話をした経験がある。
それでも今回は、前回とはまったく違う緊張があった。
51歳。
すでに住宅ローンが残っている。
そして、検討している土地は約37㎡。
決して広くない土地に、もう一度注文住宅を建てようとしている。
担当者に勧められた席に座ると、机の上には物件資料が用意されていた。
インターネットで何度も見てきた土地。
しかし、紙に印刷された資料を目の前にすると、急に現実味を帯びて見えた。
担当者は資料を開きながら言った。
「こちらが、お問い合わせいただいた物件です」
私は小さくうなずいた。
最初に確認したのは、やはり価格だった。
3,680万円。

インターネットでも何度も見ていた数字だ。
分かっていたはずなのに、担当者の口から聞くと、その重みが違って感じられた。
土地だけで3,680万円。
ここから、建物の費用が必要になる。
設計費。
地盤調査。
各種申請費用。
登記費用。
外構工事。
住宅ローンに関する費用。
家を建てるためには、広告に掲載された土地価格だけでは終わらない。
前回の家づくりで、それは経験していた。
だからこそ、簡単に考えることはできなかった。
担当者は、周辺の土地価格や、この地域の人気について説明してくれた。
駅から近い。
複数の路線が利用できる。
商店街や飲食店が近く、日常生活にも便利。
私が現地で感じた魅力と、担当者の説明は重なっていた。
やはり、暮らしやすい場所なのだと思った。
一方で、利便性の高い地域だからこそ、土地の価格も高い。
約37㎡という広さだけを見れば、小さな土地である。
しかし、土地の価値は広さだけで決まるものではない。
どこにあるのか。
どのような暮らしができるのか。
その場所に、どれだけの需要があるのか。
不動産には、数字だけでは見えない価値がある。
私は担当者の説明を聞きながら、改めてそのことを感じていた。
私が最も知りたかったのは、この土地に本当に家を建てられるのかということだった。
私は資料を見ながら尋ねた。
「この広さでも、三階建ての住宅は建てられますか」
担当者は、資料の一部を指し示した。
そこには、用途地域や建ぺい率、容積率などが記載されていた。
用途地域。
建ぺい率。
容積率。
接道状況。
建築上の制限。
宅地建物取引士の試験で学んだ言葉が、次々と出てきた。
建ぺい率は、土地面積に対する建築面積の割合。
容積率は、土地面積に対する建物の延べ床面積の割合。
用途地域によって、建てられる建物の種類や規模が変わる。
試験問題なら、迷わず答えることができる。
しかし、自分が購入を検討している土地の話になると、感じ方はまるで違った。
一つの数字が、リビングの広さを左右する。
一つの制限が、階段の位置や部屋の数に影響する。
覚えていたはずの数字が、急に家族の暮らしそのものにつながって見えてきた。
担当者の説明を聞きながら、私は何度も資料を見返した。
「住宅を建てることは可能です」
担当者は、そう説明した。
その言葉を聞いて、私は少し肩の力が抜けた。
約37㎡でも、家を建てることはできる。
ただし、それは、
「希望する家が、そのまま建つ」
という意味ではなかった。
土地が小さければ、その分だけ設計には工夫が必要になる。
十分な採光をどう確保するのか。
収納をどこにつくるのか。
階段や廊下を、どれだけコンパクトにできるのか。
駐車スペースは確保できるのか。
家族四人が暮らすための部屋を、どのように配置するのか。
家を建てられることと、理想の暮らしを実現できることの間には、大きな距離がある。
その距離を埋めるのが、設計なのだと思った。
私は宅地建物取引士の資格を持っている。
不動産に関する法律や、取引の基本的な知識は学んでいた。
しかし、実務の経験はない。
資格を取るために覚えた知識と、実際の不動産取引は同じではなかった。
資料に書かれている内容を読むことはできる。
言葉の意味も分かる。
それでも、土地の状態や周辺環境、建築計画、資金計画まで含めて判断するには、教科書だけでは足りない。
たとえば、土地の前に立ったときの感覚。
周辺の建物との距離。
日当たり。
道路の幅。
工事車両が入れるのか。
建築するときに、どのような制約が出るのか。
そうしたことは、現地を見て、専門家の話を聞かなければ分からない。
資格を持っているからこそ、自分は少し分かっていると思っていた。
けれど、実際に自分が買う立場になると、分からないことばかりだった。
私はこのとき初めて、
「知っていること」と「判断できること」は違う。
そう気づいた。
担当者から一通り説明を受けたあと、私たちはもう一度、現地を確認することになった。
私はすでに一度、その土地を見ている。
けれど、そのときは、ただ外から眺めただけだった。
駅から近い。
商店街も近い。
雰囲気がいい。
「ここだ」
と感じた。
最初に見たのは、その土地の魅力だった。
しかし、購入を検討するためには、魅力だけでは足りない。
道路との接し方。
隣の家との距離。
土地の境界。
建築するときに問題となる点。
今度は、暮らしを想像するだけではなく、土地として確認しなければならない。
担当者は資料をまとめながら言った。
「実際に現地で見ていただいたほうが、分かりやすいと思います」
私はうなずいた。
最初にひとりで訪れたときとは違う。
今度は、不動産会社の担当者と一緒に見る。
同じ土地でも、見る視点は変わるはずだった。
夢が数字に変わっていく
不動産会社を出たあと、私は手にした資料を見た。
土地面積、約37㎡。
価格、3,680万円。
用途地域。
建ぺい率。
容積率。
接道状況。
最初にこの土地を見つけたとき、私の頭にあったのは、新しい暮らしの風景だった。
家族が集まる明るいリビング。
近くのカフェで過ごす休日。
商店街を歩く毎日。
それが今、少しずつ数字に置き換わり始めていた。
夢を実現するためには、現実を知らなければならない。
土地の条件。
建物の大きさ。
必要な費用。
住宅ローン。
そして、51歳という年齢。
どれか一つを無視して進めることはできない。
それでも私は、話を聞く前よりも、この土地への気持ちが強くなっていた。
難しい条件があるからといって、まだ諦めるつもりはなかった。
まずは、この土地にどのような家を建てられるのかを知りたい。
家族四人の未来予想図を、現実の形にできるのか確かめたい。
そう思っていた。
問い合わせボタンを押すまでは、土地はスマートフォンの画面の中にあった。
しかし今、私の手には、この土地の条件が記された物件資料がある。
家づくりは、確実に動き始めていた。
ただ、このときの私はまだ知らなかった。
物件情報に書かれた数字だけでは見えてこない、この土地の本当の形と難しさを。
そして、家を建てる計画を進める中で、何度も立ち止まることになるということを。
次回 第11話
「もう一度、土地の前に立つ」
担当者と一緒に、改めて現地を確認することになった。
道路の幅。
隣の家との距離。
土地の境界。
最初にひとりで訪れたときには見えていなかったものが、少しずつ見え始める。
「ここだ」と感じた小さな土地を、今度は購入する人間の目で見つめます。
51歳それでも
家づくり
注文住宅
土地探し
狭小住宅
狭小地
二度目の家づくり
50代の挑戦
不動産会社
土地購入
不動産購入
住宅ローン
宅地建物取引士
建ぺい率
容積率
用途地域
資金計画
マイホーム計画
家族四人
実体験ブログ

コメント