第10話 給与明細に増えた八万円
ある月、何気なく給与明細を開いた。
そこには、見慣れない数字が並んでいた。
基本給とは別に、8万円が加算されていたのである。
最初は見間違いかと思った。
何度も見返した。
昇給ではない。
賞与でもない。
その8万円は、会社の業績が低迷するなかで減額されていた役職報酬が、業績の回復に伴い一部戻されたもので、毎月継続して加算されることになったのである。
会社からの評価であることは理解していた。
もちろん、うれしかった。
長年積み重ねてきた時間が、少しだけ報われたような気持ちにもなった。
一方で、不思議な感覚もあった。
給与が増えたからといって、自分の人生そのものが変わるわけではない。
むしろ、責任の重さを改めて感じた。
期待される立場になればなるほど、背負うものも増えていく。
部下を育てること。
会社の業績を支えること。
次の世代へ経験を引き継ぐこと。
会社員としての役割は、年齢とともに少しずつ変わっていた。
給与明細を眺めながら、私は考えていた。
この収入は、何のためにあるのだろう。
生活を豊かにするためか。
家族を守るためか。
将来の安心のためか。
どれも間違いではない。
でも、私の中にはもう1つの答えがあった。
夢を、現実に近づけるため。
もう1度、家を建てたい。
将来は不動産賃貸業を育てたい。
60歳以降も、自分らしく働き続けたい。

その夢に向かうためには、収入が増えたことを喜ぶだけでは足りない。
どう使うか。
どう残すか。
どう未来につなげるか。
私は、その8万円を生活水準を上げるためには使わないと決めた。
未来の自分への投資に使おう。
そう思った。
資格を取ったこと。
本を読み続けたこと。
街を歩き続けたこと。
どれも、すぐに結果が出るものではなかった。
それでも積み重ねてきた時間は、少しずつ未来につながっていた。
給与明細に増えた8万円は、単なる収入ではなかった。
会社からの期待。
そして、自分自身の未来への責任。
その両方が込められた数字だった。
私は給与明細を静かに閉じた。
そして、いつものようにSUUMOを開いた。
あの日から変わらない、その習慣が、また未来へと私を動かしていた。
夢は、まだ終わっていなかった。
むしろ、ここからが本当のスタートなのだと思えた。
次回より、新しい章 第2章 住む街を探す が始まります。
次回予告
第2章 住む街を探す
第11話 夢が、具体的な計画に変わった
家を建てたい。
その思いは、少しずつ現実の計画へと変わり始めていた。
土地を探す。
資金を考える。
家族と話し合う。
夢は、1つひとつの計画へと姿を変え始めていた。
そして私は、本当に新しい人生へ踏み出す準備を始める。

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