51歳、それでも。大阪市中心部で一戸建てを建てる。第3話

第3話 更新ボタンの向こう側

朝、目が覚める。

朝のコーヒーを淹れる。

湯気が立ちのぼるマグカップを手に、私はいつものようにスマートフォンを開いた。

SUUMO。

もう何度開いたかわからない画面。

指は迷わず「更新」を押す。

画面が一瞬だけ白くなり、新しい情報を読み込み始める。

たった数秒なのに、その時間だけは妙に長く感じる。

指先は静かなのに、心だけが少し騒いでいた。

「何か出ているだろうか。」

しかし、その日の画面も昨日と変わらなかった。

新着物件はない。

価格も変わらない。

見慣れた土地が並んでいる。

少しだけ肩の力が抜ける。

それでも私は、がっかりはしなかった。

「また明日がある。」

そう思える自分がいた。

以前の私なら、こんなことは考えなかった。

欲しいものが見つからなければ、諦めて終わり。

でも、家づくりだけは違った。

理想の土地は、

探し当てるものではなく、

出会うものなのかもしれない。

あの頃の私は、少しずつそんなふうに思い始めていた。

昼休み。

食事を終えると、またスマートフォンを取り出す。

同僚はニュースを見ている。

隣の席の同僚は、動画を見て笑っている。

私は、また更新ボタンを押していた。

「まだ出ていないか。」

「もう出ているかもしれない。」

ほんの数時間で状況が変わることもある。

だから見逃したくなかった。

休日になると、さらに頻繁に画面を開いた。

家族と出かけていても、

スーパーで買い物をしていても、

信号待ちの数十秒でも。

更新。

いつしかその動作は、呼吸のようになっていた。

もちろん、物件は毎回増えるわけではない。

ほとんどの日は変化がない。

同じ土地。

同じ価格。

同じ写真。

代わり映えのしない画面が続いていく。

それでも私は、翌日も同じ画面を開いていた。

何も起きない日が続くほど、

次に訪れる一件への期待は、

なぜか少しずつ大きくなっていった。

ある日の夜。

布団に入り、最後の更新を押した。

画面はいつもと同じ。

そう思ってスクロールした、その時だった。

スクロールする指が止まった。

見慣れない写真が、一枚だけ混ざっていた。

「……あれ?」

心臓が少しだけ速くなる。

新着。

大阪市内。

駅徒歩圏内。

価格も、なんとか手が届くかもしれない。

私は思わず体を起こした。

住所を見る。

地図を見る。

航空写真を見る。

周辺環境を見る。

頭の中では、もうその街を歩いていた。

コンビニ。

スーパー。

駅までの道。

休日の朝。

夕方の景色。

まだ一度も行ったことがない街なのに、

なぜか少し懐かしい気がした。

その夜は、なかなか眠れなかった。

「本当にここなんだろうか。」

「いや、まだ分からない。」

「でも、一度見てみたい。」

そんな考えが何度も頭を巡る。

ただ一枚の物件情報。

たった数枚の写真。

それだけで心が動く。

今思えば、

人生は大きな決断で変わるのではなく、

小さな「気になる」が積み重なって変わっていくのかもしれない。

あの日、

私が押した更新ボタン。

あの一回が、

人生を変える最初の一歩になるとは、

まだ、その時は知らなかった。


次回予告

第4話

はじめて現地へ向かう朝

スマートフォンの中だけだった土地へ。

私は初めて、自分の足で向かうことを決めた。

写真では分からない空気。

街の匂い。

駅から歩く距離。

そして、その土地に立った瞬間、

「ここかもしれない。」

そんな予感が、静かに胸の奥で芽生え始める。

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