51歳、それでも。第8話 ハザードマップを開いた夜

第8話 ハザードマップを開いた夜

家探しは、順調に進んでいるように思えた。

気になる物件は見つかる。

しかし、「ここだ」と思える家には、なかなか出会えなかった。

私は、まず「どのエリアで家を買うべきか」を調べることから始めた。

毎日のように地図を開き、街を比べる。

地価公示マップを見る。

住宅や土地の取引価格(成約価格)を調べる。

将来の資産価値はどうなのか。

人口は増えているのか。

駅までの距離はどうか。

生活環境は整っているのか。

気になることは、1つずつ調べていった。

調べれば調べるほど、それぞれの街に違った特徴があることが見えてきた。

そして、ふと疑問が湧いた。

「なぜ東京都心は、これほど人気があるのだろう。」

大阪市内で土地を探している自分にとって、それは1見関係のない疑問かもしれない。

しかし、東京がたどってきた道を知れば、この先、大阪の土地価格がどう動いていくのか、そのヒントが見えるのではないか。

そう考えた私は、東京都心の歴史や街づくり、地価の推移まで調べ始めた。

人気がある街には、人気がある理由がある。

地価が上がる街には、地価が上がるだけの背景がある。

街は、1日で価値が生まれるものではない。

歴史があり、人が集まり、交通が整い、暮らしが育まれ、その積み重ねが街の価値をつくっている。

そう考えるようになっていた。

そして現実も知った。

私が「住みたい」と思うエリアは、やはり価格が高い。

一方で、価格が手頃なエリアは、なかなか心が動かなかった。

理想と現実。

その距離は、思っていた以上に大きかった。

だが、街を選ぶ基準は、価格や将来性だけではないと気づき始めていた。

本当に大切なのは、もっと根本的なことではないか。

そして、ある夜。

私はパソコンを開いた。

検索したのは、物件情報ではない。

ハザードマップ。

洪水。

津波。

高潮。

土砂災害。

液状化。

地震。

これまで家を探すときには、それほど気にしたことがなかった。

しかし今回は違った。

住む家であると同時に、将来は資産になる家でもある。

だからこそ、安全性は妥協できなかった。

私は気になるエリアを、1つずつ調べ始めた。

住所を入力する。

地図を拡大する。

色分けされたエリアを、1つずつ確認する。

浸水想定。

避難場所。

活断層。

地盤の強さ。

気がつけば、何時間も画面を見続けていた。

「あの街はいいと思ったのに。」

そう感じた場所が、浸水想定区域に入っていることもあった。

逆に、派手さはないけれど、安全性が高い地域もあった。

街は見た目だけではわからない。

価格だけでも決められない。

駅から近いだけでも足りない。

本当に大切なのは、長く安心して暮らせることだった。

私は改めて思った。

家を買うということは、未来を買うということなのだ。

だから、未来に起こるかもしれないリスクも知っておかなければならない。

災害は、誰にも予測できない。

だからといって、不安だけを見ていても前には進めない。

大切なのは、知ること。

調べること。

そして、自分で判断すること。

私は、ハザードマップを見ながら、自分なりの基準を少しずつ作っていった。

どんなに条件が良くても、災害リスクが高すぎる場所は選ばない。

多少価格が高くても、安全性が高い地域を優先する。

その判断は、投資ではなく、家族を守るためでもあった。

そして、将来その家を借りてくれる人の暮らしを守るためでもあった。

家は、自分だけのものではない。

そこで暮らす人の人生も支える場所になる。

だからこそ、責任を持って選びたかった。

あの夜、ハザードマップを開いたことで、私の家探しは大きく変わった。

物件を見る目が変わった。

街を見る目が変わった。

未来を見る目も変わった。

夢だけでは家は買えない。

知識だけでも家は買えない。

最後に必要だったのは、自分で考え、自分で決断する覚悟だった。

あの夜開いた1枚の地図は、私にそのことを教えてくれた。

次回予告

第9話 息子のひと言で変わった候補地

家探しは、自分で調べ、自分で決断するものだと思っていた。

そんなある日、土木を学ぶ息子が何気なく話してくれた大学の教授の言葉。

そのひと言が、私の迷いに1つの答えを与えてくれた。

家を選ぶということは、未来の暮らしを選ぶことでもある。

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