第8話 家族四人で描いた、最初の未来予想図
その日の夜。
リビングのテーブルには、一枚の白い紙が広げられていた。
もちろん、建築会社の図面ではない。
ただの白いコピー用紙だった。
妻が笑いながら言った。
「また家族みんなで間取りを考える日が来るなんてね。」
私も思わず笑ってしまう。
そうだった。
私たち家族にとって、注文住宅は初めてではない。
今住んでいる家も、家族四人で何度も話し合いながら建てた注文住宅だった。
2006年に完成したその家は、土地69.61㎡、建物119.04㎡の鉄骨造3階建て。
土地価格は約2,000万円。
建物価格は約1,700万円。
1階には車庫と小さな庭を設け、家庭菜園を楽しめるスペースもつくった。
3階にはウォークインクローゼットとスカイバルコニー。
前面道路だけでなく裏側にも道路があり、光と風に恵まれた住まいだった。
当時は子どもたちもまだ小さかった。
「子ども部屋は二つ必要だね。」
「リビングは広いほうがいい。」
「車は一台停められるようにしよう。」
そんな会話を何度も重ねながら、少しずつ家を形にしていった。
そして今。
娘は25歳。
息子は23歳。
家族の暮らし方も、家に求めるものも、あの頃とは大きく変わっていた。
私は白い紙に四角を描いた。
「今回の土地は、このくらいかな。」
約37㎡(約11坪)。
前回の土地の、ほぼ半分しかない。
紙の上に描いてみると、その小ささがよく分かった。
「思ったより小さいね。」
妻が静かに言う。
私はうなずいた。
「そうなんだ。でも、この街に住めるなら、この広さでもいいと思っている。」
ただ、心のどこかでは分かっていた。
前回と同じような家は、絶対に建たない。
一度、自分たちで注文住宅を建てた経験があるからこそ、その現実がよく分かった。
宅地建物取引士としての知識もあった。
建ぺい率。
容積率。
高さ制限。
道路との関係。
数字だけ見ても、決して余裕のある計画にはならない。
それでも、私はペンを止めなかった。
「リビングは明るくしたいね。」
妻が言う。
「収納は前の家より多いほうがいいかな。」
娘が続ける。
「家で仕事をすることもあるから、小さくても落ち着ける場所があるとうれしい。」
息子も自分の考えを話し始めた。
誰かが話すたびに、新しい希望が紙の上へ増えていく。
「玄関は広くなくてもいい。」
「洗面所は使いやすくしたい。」
「家族が自然と集まれるダイニングがいい。」
「休日は近くのカフェでゆっくり過ごしたり、行列のできる人気店へ歩いて出かけたり、そんな暮らしができたらいいね。」

その言葉に、みんなが自然とうなずいた。
家そのものだけではなく、
この街だからこそ楽しめる毎日を、家族みんなが思い描いていた。
どれも豪華な設備ではない。
大きな吹き抜けでもない。
最新の設備でもない。
でも、私たち家族にとっては、毎日の暮らしを豊かにしてくれる、大切な希望ばかりだった。
気がつくと、白い紙は文字でいっぱいになっていた。
間取りはまだ一つも決まっていない。
それでも、その紙には家族四人が思い描く未来が詰まっていた。
私はその紙を眺めながら思った。
家づくりは、図面を描くことではない。
家族みんなで、
どんな毎日を送りたいのかを話し合うことなのだ。
そしてもう一つ、心の中で感じていたことがある。
今回の家づくりは、
「理想を叶える家」ではなく、
「何を残し、何を諦めるか。」
そんな選択の連続になる。
そのときは、まだ知らなかった。
土地が四角形ではなかったことも。
住宅ローンで思わぬ壁にぶつかることも。
設計を何度もやり直すことになることも。
でも、そのすべてが、
この家を「私たちの家」にしていく時間になるのだ。
次回予告
第9話
問い合わせボタンを押すまで
~土地購入への最初の一歩。不動産会社との出会い~
毎日見ていたSUUMO。
何度も開いては閉じていた物件情報。
「問い合わせる」
そのボタンだけが押せなかった。
押した瞬間、本当に人生が動き出してしまう気がしたからだ。
それでも勇気を出してクリックした一本の問い合わせが、家づくりのすべてを動かし始める。
次回は、土地購入の第一歩となる不動産会社との出会いをお届けします。
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