第6話 帰り道、それでも振り返ってしまった
土地をあとにして、私は駅へ向かって歩き始めた。
さっきまであれほど長く立ち止まっていた場所なのに、離れ始めると、不思議なくらい名残惜しかった。
まだ何も決まっていない。
契約もしていない。
家が建つことも決まっていない。
それなのに、まるで自分の居場所を置いてきたような気持ちになる。
商店街へ戻ると、買い物袋を提げた人、自転車を押して歩くお年寄り、学校帰りの子どもたちとすれ違う。
店先では店主と常連客が笑いながら話している。
私は歩きながら、その景色を何度も見渡した。
「この街の日常」が、とても心地よく感じた。

この街は、特別な場所ではない。
観光地でもない。
でも、それがいい。
毎日を暮らす街は、何気ない一日が心地いいことが、一番大切なのかもしれない。
駅まであと少し。
ふと足が止まった。
私は自然と振り返る。
土地は、もう見えなかった。
建物の向こうに隠れてしまっている。
それでも私は、もう一度だけ振り返った。
少しだけ戻ろうか。
そんな気持ちさえ湧いてくる。
思わず笑ってしまった。
「まだ契約もしていないのに。」
自分でも少しおかしかった。
電車に乗る。
窓の外を街並みが流れていく。
朝、この街へ向かっていたときとは景色が違って見えた。
来る前は、「土地を見に行く日」。
帰る今は、「また来たい街」。
その違いは、とても大きかった。
スマートフォンを取り出す。
写真フォルダを開く。
今日撮った土地の写真を、何度も拡大して眺める。
広さを確認しているわけではない。
道路を見ているわけでもない。
ただ、そこに写る景色を見ていた。
「本当にここでいいのか。」
その問いは、まだ心の中に残っていた。
でも、不思議なことに、迷いは少しずつ小さくなっていた。
代わりに、別の感情が大きくなっていく。
「もう一度、あの街へ行きたい。」
家を建てたいのではない。
あの街で暮らしたい。
そう思えたことが、この日一番の収穫だった。
自宅の最寄り駅に着く。
いつもの道を歩く。
いつもの景色。
いつもの家。
でも、心はまだ、あの街に残っていた。
玄関のドアを開けながら思う。
「今日は土地を見に行っただけじゃない。」
未来の暮らしを、ほんの少しだけ先に生きてきた一日だった。
次回予告
第7話
「妻に見せた一枚の写真」
帰宅して、私はもう一度スマートフォンの写真フォルダを開いた。
妻に、一枚の写真を見せる。
「どう思う?」
その一言から、
家づくりは私ひとりの物語ではなくなっていく。
一枚の写真を囲みながら、
二人で初めて未来の暮らしを話し始める。

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