第8話 ハザードマップを開いた夜
家探しは、順調に進んでいるように思えた。
気になる物件は見つかる。
しかし、「ここだ」と思える家には、なかなか出会えなかった。
私は、まず「どのエリアで家を買うべきか」を調べることから始めた。
毎日のように地図を開き、街を比べる。
地価公示マップを見る。
住宅や土地の取引価格(成約価格)を調べる。

将来の資産価値はどうなのか。
人口は増えているのか。
駅までの距離はどうか。
生活環境は整っているのか。
気になることは、1つずつ調べていった。
調べれば調べるほど、それぞれの街に違った特徴があることが見えてきた。
そして、ふと疑問が湧いた。
「なぜ東京都心は、これほど人気があるのだろう。」
大阪市内で土地を探している自分にとって、それは1見関係のない疑問かもしれない。
しかし、東京がたどってきた道を知れば、この先、大阪の土地価格がどう動いていくのか、そのヒントが見えるのではないか。
そう考えた私は、東京都心の歴史や街づくり、地価の推移まで調べ始めた。
人気がある街には、人気がある理由がある。
地価が上がる街には、地価が上がるだけの背景がある。
街は、1日で価値が生まれるものではない。
歴史があり、人が集まり、交通が整い、暮らしが育まれ、その積み重ねが街の価値をつくっている。
そう考えるようになっていた。
そして現実も知った。
私が「住みたい」と思うエリアは、やはり価格が高い。
一方で、価格が手頃なエリアは、なかなか心が動かなかった。
理想と現実。
その距離は、思っていた以上に大きかった。
だが、街を選ぶ基準は、価格や将来性だけではないと気づき始めていた。
本当に大切なのは、もっと根本的なことではないか。
そして、ある夜。
私はパソコンを開いた。
検索したのは、物件情報ではない。
ハザードマップ。
洪水。
津波。
高潮。
土砂災害。
液状化。
地震。
これまで家を探すときには、それほど気にしたことがなかった。
しかし今回は違った。
住む家であると同時に、将来は資産になる家でもある。
だからこそ、安全性は妥協できなかった。
私は気になるエリアを、1つずつ調べ始めた。
住所を入力する。
地図を拡大する。
色分けされたエリアを、1つずつ確認する。
浸水想定。
避難場所。
活断層。
地盤の強さ。
気がつけば、何時間も画面を見続けていた。
「あの街はいいと思ったのに。」
そう感じた場所が、浸水想定区域に入っていることもあった。
逆に、派手さはないけれど、安全性が高い地域もあった。
街は見た目だけではわからない。
価格だけでも決められない。
駅から近いだけでも足りない。
本当に大切なのは、長く安心して暮らせることだった。
私は改めて思った。
家を買うということは、未来を買うということなのだ。
だから、未来に起こるかもしれないリスクも知っておかなければならない。
災害は、誰にも予測できない。
だからといって、不安だけを見ていても前には進めない。
大切なのは、知ること。
調べること。
そして、自分で判断すること。
私は、ハザードマップを見ながら、自分なりの基準を少しずつ作っていった。
どんなに条件が良くても、災害リスクが高すぎる場所は選ばない。
多少価格が高くても、安全性が高い地域を優先する。
その判断は、投資ではなく、家族を守るためでもあった。
そして、将来その家を借りてくれる人の暮らしを守るためでもあった。
家は、自分だけのものではない。
そこで暮らす人の人生も支える場所になる。
だからこそ、責任を持って選びたかった。
あの夜、ハザードマップを開いたことで、私の家探しは大きく変わった。
物件を見る目が変わった。
街を見る目が変わった。
未来を見る目も変わった。
夢だけでは家は買えない。
知識だけでも家は買えない。
最後に必要だったのは、自分で考え、自分で決断する覚悟だった。
あの夜開いた1枚の地図は、私にそのことを教えてくれた。
次回予告
第9話 息子のひと言で変わった候補地
家探しは、自分で調べ、自分で決断するものだと思っていた。
そんなある日、土木を学ぶ息子が何気なく話してくれた大学の教授の言葉。
そのひと言が、私の迷いに1つの答えを与えてくれた。
家を選ぶということは、未来の暮らしを選ぶことでもある。

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