第9話 息子のひと言で変わった候補地
第8話で、私はハザードマップを開き、街の安全性を調べ続けていた。
大阪市には、津波や洪水などの災害リスクを抱えるエリアも少なくない。
津波。
洪水。
高潮。
液状化。
活断層。
家を建てる場所は、価格や利便性だけでは決められない。
そんな思いが、日に日に強くなっていた。
しかし、一方で迷いもあった。
私が2軒目の候補地として考えていたエリアの一部は、南海トラフ地震が発生した場合、津波の浸水が想定されている地域だった。
ハザードマップを見れば見るほど、「本当にこの場所でいいのだろうか」という思いが大きくなっていった。
そんなある日、大学から帰宅した息子と何気ない会話をしていた。
息子は私立大学の理系学部で土木を学んでいた。
授業の話を聞いていると、こんなことを教えてくれた。
「土木学科の教授は、ハザードマップでリスクが高いとされるエリアには家を買わないと言っていた。」

その言葉を聞いた瞬間、私は妙に納得した。
実は私自身も、ハザードマップを調べながら同じことを感じていた。
南海トラフ地震による津波のリスクが想定されているエリアで土地を購入することには、大きな不安があった。
その迷いに、言葉として答えを与えてくれたような気がした。
だからこそ、その教授の考えは、私の迷いを整理してくれた。
「やはり、考え方は間違っていなかった。」
そう思えたのである。
家は、1度買えば終わりではない。何十年も暮らす場所であり、将来は家族に残る資産にもなる。だからこそ、目先の価格だけで判断してはいけない。
その日を境に、私は候補地を見直した。
未来の安心を優先することにした。
不動産は「今」だけを見るものではない。
10年後。20年後。30年後。
その街が、家族にとって安心して暮らせる場所であり続けること。その視点を大切にしたかった。
息子は、私に「ここに住んだ方がいい」と勧めたわけではない。ただ、大学で学んだことを話してくれただけだった。
しかし、その何気ないひと言が、私の迷いに1つの答えを与えてくれた。
親が子どもに教えることは多い。
でも、この日は違った。
私が、息子から大切なことを教わった日だった。
次回予告
第10話 給与明細に増えた八万円
ある月、何気なく開いた給与明細。
そこには、今までにはなかった8万円が記載されていた。
昇給でもない。
賞与でもない。
その8万円は、会社の業績が低迷するなかで減額されていた役職報酬が、業績の回復に伴い一部戻されたものだった。
その数字を見つめながら、私は会社員としての責任と、これから先の人生について、改めて考え始めていた。
給与明細の1行が、未来への見え方を少しだけ変えてくれた。

コメント