51歳、それでも大阪市中心部で一戸建てを建てる。

第1話 すべては、毎日のSUUMOから始まった

51歳。

人生を守るか。

それとも、もう一度挑戦するか。

私は後者を選んだ。

普通なら、これから先の人生を「守る」ことを考える年齢かもしれない。

住宅ローンを完済し、子どもたちの独立を見届け、老後の準備を始める。

そんな人生設計を描く人も多いだろう。

しかし、私は違った。

もう一度、家を建てたい。

もう一度、自分の人生を動かしたかった。

そう思ったのである。

周りから見れば無謀だったかもしれない。

すでに一戸建てに住んでいる。

住宅価格は高騰している。

建築費も年々上がっている。

年齢を考えれば、新たに住宅ローンを組むことに不安を感じる人も少なくない。

それでも私の心は、不思議なくらい前を向いていた。

この挑戦は突然始まったわけではない。

思い返せば、その原点は18歳の頃にさかのぼる。

大学生だった私は、毎週楽しみにしていたテレビドラマがあった。

恋愛や青春ではなく、一組の夫婦が家を買うまでを描いた物語だった。

社宅で暮らしながら、理想の家を探し続ける夫婦。

しかし現実は厳しい。

地価は上がり続け、希望する土地は手が届かない。

それでも諦めず、自分たちの家を探し続ける姿に、私は強く引き込まれた。

当時の私は思った。

「家を買うことは、人生をつくることなんだ。」

この気持ちは、大人になっても変わらなかった。

やがて結婚し、家族が増え、最初の一戸建てを購入した。

家族との思い出が詰まった、大切な家である。

普通なら、その家で一生暮らすことを考えたかもしれない。

しかし私は昔から、不動産を見ることが好きだった。

休日になると、不動産情報サイトを眺める。

「もし、この街に住んだらどんな暮らしになるだろう。」

「この家なら資産価値はどうだろう。」

「駅から何分なんだろう。」

そんなことを考えている時間が好きだった。

そして2024年。

仕事で大きな転機が訪れる。

給与体系が見直され、収入が増えることになった。

その知らせを聞いた瞬間、心の中で何かが動いた。

「今なら挑戦できるかもしれない。」

もちろん、不安はあった。

住宅価格は高い。

住宅ローンも決して簡単ではない。

本当にこの年齢で家を建てていいのだろうか。

そんな迷いは何度も頭をよぎった。

それでも、一歩踏み出さなければ未来は変わらない。

私はそう信じることにした。

その日から、生活が少し変わった。

朝、見る。

昼休みにも見る。

仕事帰りの電車でも見る。

夜、眠る前にも見る。

スマートフォンを開けば、不動産情報サイトを眺めていた。

物件が更新されていないか。

新しい土地は出ていないか。

価格は変わっていないか。

まだ何も決まっていない。

土地もない。

工務店も決まっていない。

住宅ローンも申し込んでいない。

それでも、不思議と毎日が楽しかった。

夢に向かって少しずつ近づいている。

そんな感覚があった。

今振り返れば、この時間こそが、この物語の本当の始まりだった。

家を建てることよりも先に、私は「未来の暮らし」を想像することを楽しんでいたのである。

毎日、スマートフォンを開く。

たったそれだけのことが、人生を大きく変える第一歩になるとは、その時の私はまだ知らなかった。


目次

次回予告

理想の土地は、本当に見つかるのか。

価格。

立地。

予算。

理想と現実の間で、私は何度も立ち止まる。

それでも毎日のように物件を探し続けた先に、一つの土地との運命的な出会いが待っていた。

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この記事を書いた人

はじめまして。49歳広告会社役員で60歳までにはFIREをしたいと思い、宅地建物取引士、管理業務主任者、ファイナンシャルプランナーなどの資格を取得しながら改善を繰り返し、自ら人生100年時代をプランニングします。IDeCo NISA 日本高配当株 変額保険 個人年金 ドル建保険 仮想通貨 THEO JALマイル ポイ活 ふるさと納税などを活用しています。47歳で頚椎(頸椎)椎間板ヘルニアを発症しまして、今後症状がどうなっていくかはわからないですが、整形外科でのやりとり、自分で調べた頚椎疾患の知識、症状の経過を体験記として残しておきたいと思います。同じ苦しみを体験されている方がこのブログを読んでいただくことにより、少しでも未来に希望を持っていただければ幸いに思います。

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