51歳、それでも。大阪市中心部で一戸建てを建てる。第4話

第4話 はじめて現地へ向かう朝

朝、目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。

時計を見る。

まだ六時を少し過ぎたところだった。

休日なのに、二度寝をする気にはなれない。

今日は、ずっと画面の中で見続けてきた土地を、自分の目で見に行く日だった。

カーテンを開ける。

夏の朝の光が部屋いっぱいに差し込み、いつもより少しだけ世界が明るく見えた。

キッチンでコーヒーを淹れる。

立ちのぼる湯気を眺めながら、私はテーブルにスマートフォンを置いた。

昨夜、何度も見返した物件情報。

住所。

駅から徒歩五分という距離。

土地の広さ。

価格。

写真は、もう覚えてしまうほど見返していた。

それでも、もう一度開いてしまう。

「本当に今日なんだな。」

小さくつぶやく。

その言葉を口にした瞬間、不思議と胸が高鳴った。

家を出る準備をしながら、鏡の前で少しだけ立ち止まる。

たった一つの土地を見に行くだけ。

そう思えば、大げさな話ではない。

でも私にとっては、人生をもう一度動かすかもしれない一歩だった。

財布を持つ。

鍵を持つ。

スマートフォンをポケットに入れる。

忘れ物がないか確認して、玄関のドアを開けた。

その瞬間、少しだけ深呼吸をした。

駅へ向かう道は、いつもと変わらない。

近所の人が犬を散歩させている。

小学生が友達と笑いながら歩いている。

パン屋から焼きたての香りが漂ってくる。

そんな何気ない朝の景色が、今日は妙に印象に残った。

「もし、この街に住んだら。」

そんな想像をしながら歩いている自分に気づく。

まだ何も決まっていない。

それでも、未来の暮らしは少しずつ輪郭を持ち始めていた。

電車に乗る。

窓際の席に座り、流れていく街並みを眺める。

見慣れた景色が少しずつ変わっていく。

一駅。

また一駅。

目的地へ近づくたびに、胸の鼓動も少しずつ速くなっていく。

「写真より狭かったらどうしよう。」

「周りの雰囲気は思っていたのと違うかもしれない。」

「価格以上の魅力があるかもしれない。」

期待と不安が、心の中で静かに交差する。

目的の駅に到着した。

改札を抜ける。

スマートフォンで地図を開く。

「徒歩五分」

画面に表示された数字を見て歩き始めた。

しかも、この街は二つの路線が利用できる。

通勤にも、休日の外出にも便利そうだ。

そんな現実的なことまで考えている自分に、少し笑ってしまう。

歩き始めると、すぐに歴史ある商店街の入口が見えてきた。

昔から、この街の暮らしを支えてきた商店街。

八百屋の威勢のいい声。

焼きたてのパンの香り。

店先で立ち話をする人たち。

どこか懐かしくて、温かい空気が流れていた。

目的の土地までは、その商店街から歩いてすぐの場所だった。

さらに驚いたのは、そこから駅まで、ほとんどアーケードが続いていることだった。

雨の日でも歩きやすい。

夏の強い日差しも避けられる。

写真では決して伝わらない、この街ならではの暮らしやすさだった。

私は自然と歩く速度を少し落とした。

街の音に耳を傾ける。

人の流れを眺める。

この街には、人の暮らしが静かに息づいていた。

そして、ふと思う。

「ここなら、歳を重ねても心地よく暮らせそうだ。」

家を建てるということは、

建物を選ぶことではない。

その街で、何十年も暮らしていく未来を選ぶことなのだ。

この街は、それを静かに教えてくれていた。

目的地まで、あと数十メートル。

スマートフォンをポケットへしまう。

もう地図を見る必要はない。

最後の数歩だけは、自分の感覚で歩きたかった。

角を一つ曲がる。

画面の中で何百回も見てきた土地が、もうすぐ目の前に現れる。

自然と歩く速度がゆっくりになる。

胸の鼓動が、自分でも分かるくらい大きくなっていた。

そして私は、

人生を変えるかもしれないその場所へ、

ゆっくりと足を踏み入れた。


次回予告

第5話 はじめて土地に立った瞬間

写真では分からなかったことが、そこにはあった。

思っていたより、ずっと広く感じる空。

頬をかすめる、乾いた夏の風。

隣の家の庭木がつくる、やわらかな木陰。

そして、その土地に立った瞬間、

私の中で、ひとつの確信が生まれる。

「ここだ。」

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